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【アダルトチルドレン】を克服したい!過去と向き合うのは避けられない

アダルトチルドレン

子供時代に家庭環境の事情により、年相応に成長できなかった大人のことで、こころに摩擦を感じている状態

私が自らをアダルトチルドレンであると認識したのは20代も半ばに入ってからです。

私の場合、形容しがたい息(生き)苦しさを何年も感じ、救いを求めて図書館の心理学のコーナーを漁っているうちに、この言葉と出会いました。

この『アダルトチルドレン』という言葉を知っている人は、そもそもどのくらいいるのでしょうか。

ふつうの人はほとんど聞いたことがないと思います。

”ふつう”の人って?

悩みのない人?

ストレスのない人?

苦しみを感じない人?

いえいえ、そんな人はいませんよね。

ふつうの人というのは、自分が何者で、何がしたいのか、わかっている人のことです。

自分が何のために生きているかわかっている人のことです。

え?そんなこと考えたことないって?

そうですね、ふつうの人はあえてそんなことは考えないと思います。

それは自分のことをもうわかっているので、考える必要がないから。

でも、私は自分が誰で、何のために生きているのか、長きにわたり問い続けてきました。

自分がアダルトチルドレンなのではないかと認識したとき、それはトンネルの出口ではなかったけど少なくとも暗闇の中の光になりました。


この記事ではアダルトチルドレンとして同じ生き苦しさを抱えている人にとって、共感できる部分があればと思い書きました。

アダルトチルドレンの基本的な分類

機能不全家族とは?

機能不全家族の一例として、以下のようなものがあげられます。

  • 子どもへの虐待、過保護
  • 両親の離婚
  • 親の死亡
  • 貧困
  • 家族の病気(要介護など)
  • 家族のアルコール依存、ギャンブル依存など
  • 親が宗教に心酔するなど

こう見ると、確かにこのような家庭の子どもは、本来の子どもらしく成長することは容易ではないだろうなと思われます。

ところで、私の場合は両親の離婚が当てはまります。

今日の日本では、離婚はそんなに珍しくもないし、私の周りでも子供がいて離婚する人は何組もいます。

離婚家庭の子どもは、みんなアダルトチルドレンになるのでしょうか?

私の周りにも離婚家庭、両親が不仲な家庭の知人はけっこういます。

順風な人間関係を築き、満足の行く結婚をしている人もいるので一概には言えません。

が、なんとなく孤独を抱えている傾向が見られる人の方が多くいるように感じます。

 

アダルトチルドレンの5つのタイプ

アダルトチルドレンといっても軽い人から重い人までさまざまです。

重傷者は精神を病むこともあります。

私はときどき心療内科やカウンセリングにかかることがありました。

アダルトチルドレンのをざっくりとタイプ別の分類は以下のサイトがわかりやすいです。

(1)ヒーロー(英雄)

 勉強やスポーツで良い成績や評価をもらうことを第一としています。しっかり者、頑張り屋さんというように見られることがありますが、そうした努力は自身のためではなく親の期待に応えるために、もしくは家族の雰囲気を悪くしないための防衛的で、後ろ向きな意味合いがあります。

 こうした努力が実っている内は良いですが、それが何らかのきっかけで挫折したり、失敗したりしたときに、心がぽっきりと折れてしまい、破綻してしまいます。

(2)スケープゴート(生贄)

 ヒーローとは全く反対に、問題行動を起こしたり、過剰に低い成績を取ったりして、家族の中で悪者や問題児の立場を引き受けます。家族の憎しみや怒りや不満、鬱憤を一人で引き受け、そのことにより家族のバランスを取ろうとしているのです。家族の中のゴミ箱的な役割とも言えます。

(3)ロスト・ワン(いない子)

 家族の中での存在を消し、いない子どもとして、生まれてこなかった子どもとして家族との関係を断ち、ひっそりと気配を感じさせずに生きていこうとします。時には迷子になっても家族のだれからも気付かれることがなく、旅行にも連れて行ってもらえず、家の中にはいても、いつも一人で孤独にいます。

(4)ケアテイカー(世話役)

 献身的に家族の世話をし、愚痴を聞き、支えることを過剰なまでに行います。それは自己犠牲的であり、自虐的でもあります。家事をしない親に代わって家事をしたり、養育をしない親に代わって弟妹の面倒をみたりします。そして自身のことは何でも後回しにしてしまいます。そうした家族を維持する機能を一身に背負って家族が崩壊しないように、バランスが取れるに努力をします。

(5)ピエロ(道化師)

 家族の暗い雰囲気を回避するために、おどけたり、おちゃらけたり、冗談を言ったり、面白いことを言って笑わせたりして明るい雰囲気を作ろうとします。ひょうきんで明るい性格に一見すると見えますが、過度に雰囲気を読み取り、人の表情を伺い、どうすれば険悪なムードにならないかと常にビクビクしていたりします。

引用元:心理オフィスK (URL:https://s-office-k.com/

 

アダルトチルドレンだった私の場合

私は3人きょうだいの長女で、思い返してみると典型的なケアテイカーとヒーローでした。

『守られてばかりの弱い子供でいてはいけない』

中学生に上がるころから両親の不仲を感じ始め、母親を助けよう、妹と弟を守ろうとする気持ちが芽生えてきました。

学校に行く前に、母の代わりに朝食をつくることもありました。

これは同時に、「ありがとう、たすかる、えらいね」という他者評価を求める発端になりました。

私は強くならなくてはならない。

私が弱ければだれも守れないし、だれからも評価されない。

これが弱音を吐いてはならない、他人を頼ってはならないという脳への指令になりました。

私は『子供でいてはならなかった』のです。

結果的に30歳過ぎるまで、どんなに苦しくても恋愛相談すらしたことがありませんでした。

 

ずっと一緒に暮らしていた曾祖母が亡くなったとき、14歳の私は泣くのを必死に我慢して一滴の涙もこぼしませんでした。

泣くのは弱い証拠だと思っていたからです。

中学卒業と同時に両親は離婚しましたが、母は離婚前からお付き合いのあった人と事実婚状態を経て再婚しました。

私は経済状況を常に気にしていて、お小遣いを要求したことはありませんでした。

貧困家庭ではないものの決して裕福ではない生活。

毎月5千円のお小遣いをもらうたびに、「多すぎるよ」と抗議していました。

母が生活のために一生懸命になればなるほど、反比例するかのように『自分は楽してはいけない、努力しなくてはいけない』と思い込むようになっていくのです。

 

アダルトチルドレンは実年齢より精神年齢が10歳くらい上

私の考え方や態度は、常に実年齢よりプラス10歳は上だったと思います。

16歳にして26歳であるかのような感覚が常にあり、10代らしい“輝き”とか羽目を外す“バカらしさ”とか、そういったものは無縁でした。

責任感が強く、まじめで、大人びているが、自分に厳しく、他人にも攻撃的。

それが周囲の私への印象でした。

アダルトチルドレンの傾向には、少なからずその人の生まれ持っての性格が関わっていると思います。

そして環境的要因にかなり左右されるため、離婚家庭であってもACの程度が浅い人もいることでしょう。

 

他人が望むように何にでもなれる自分――iPS細胞みたいだとうそぶいたこと

10代から20代へと移っていくなかで、アダルトチルドレンの特徴である『白黒思考』『完璧主義』『自他に厳しすぎる性格』などが災いし、いつも綱渡りのような人間関係に神経をすり減らすようになりました。

他人からの評価によって自分を支えているので、どんなに心苦しくとも、他人の要求にこたえるように行動することが当たり前になっていました。

そして少しでもミスをすると絶望的な気持ちになり、上司や先輩からダメ人間のレッテルを貼られたと思い込み、自分への処罰感情が沸き起こるのです。

自分がアダルトチルドレンであるとまだ気づかなかったころ、なにかの話の拍子に「私って(誰の期待にも応えられるから)何にでもなれるんだよ。まるでiPS細胞みたいだよ」と妹に自慢したことがあります。

自慢しながら、内心ではひどく動揺していたのを覚えています。

それってすごいことなの? いいことなの?

何にでもなれるなら、本当の自分はいったいどこにいるんだ?

 

アダルトチルドレンの反抗期は遅い 初めての反抗期は28歳

自分を殺し、大人を演じ、他人からの期待にこたえつづけ、そんな人生を10年以上も送ってくれば、抑圧されたものがそうとう溜まってきてもおかしくありません。

両親の離婚後、父方の祖父母とは疎遠になってしまい、祖母から何度も「会いたい」という手紙をもらうようになりました。

しかし離婚前の平穏な生活がもう無いという現実を受け止めるのが怖くて、祖母の気持ちにこたえることができませんでした。

 

期待に応えられない…

 

しかも大好きだった祖母の期待に応えられない。

実に8年もの間、手紙のみのやり取りがつづきました。

ポストに手紙が入っているのを見ると、心臓がえぐられるような痛みがありました。

罪悪感という痛みです。

手紙を読んだ後は必ず一人で号泣していました。

あて名はきょうだい3人分でしたが、妹も弟も返事を書くことを嫌がっていたため、いつも私が連名で返信していました。

 

祖父母の晩年は会いに行くことができるようになりましたが、会いたいというより、期待にこたえなければという義務感がほとんどでした。

このころから、母親への変わらぬ感謝と愛情のほかに、恨みとも憎しみともとれる暗い炎のようなものがちらつき始めました。

あるとき、親子ゲンカの延長で母に対してたまっていた鬱憤が大爆発したんです。

「あなたのためにこんなにも頑張って苦しんですり減っているのに、まだ何か要求するのか!!」

そんな思いが爆発し、怒鳴り声をあげて物を投げて大暴れしました。

はずかしいことに、それは28歳の時でした。

そして思い返してみても、そんなふうに「キレる」ことはかつてありませんでした。

 

期待からの解放、生きている実感

その頃には自分がアダルトチルドレンであることはハッキリ自覚していました。

なぜこんなにも苦しいのか、それもわかっていました。

母の無意識のコントロール、(今は遠距離に住んでいる)実父からの執着、そしてなにより祖父母からの期待でした。

老い先短いふたりのために、二人が望むなら望むままに、かつてのような良い孫を演じ続ける――

くるしい…もういやだ、もう解放して…

ほんとはもう、過去を卒業して前だけ向いて生きたかった。

心のなかはからっぽのまま、善意と、義務感だけで、5年もの日々を過ごしました。

ついにそれは終わりを迎えることとなります。

祖父母が相次いで他界しました。

私は悲しかったけど、悲しみよりも感じたのは素晴らしい開放感でした。

その代わり私は自分を覆っていた暗闇の霧が一気に晴れたのを感じたんです。

両足に重くのしかかっていた足枷がようやく外れたんです。

 

もちろん、それからすぐに自分が変われるようになるはずはありません。

母とは物理的な距離を置くようになり、父からの祖父母の法事の連絡にもNOを言うようになりました。

その後も共依存の恋愛や相手への執着に苦しみながら、ゆっくりゆっくり歩き始めました。

 

アダルトチルドレンを克服するには 

なにより私自身、あなた自身のために生きるということ。

これに尽きます。

私が自分の価値を認識するようになったのはここ1、2年です。

もう30代の半ばになっていました。

若さと輝きに満ちた華々しい20代はすっぽりと抜け落ちて、空洞です。

いま私は、失った20代を取り戻そうと必死です。

人との出会いや、海外への挑戦や、どんなにリスクがあっても、新しいことはなんだってできたはずだった20代――――

過ぎた時は戻らない。

からだは老いていく一方です。

でも。

『今が一番若い』

今の私を突き動かしている言葉です。

調べてみたら、永六輔さんの言葉だったんですね。

 

まとめ:アダルトチルドレンと共生する

もう誰からも期待されたくない、意にそぐわないことはしたくない、いい子でいたくない、自分にうそをつきたくない。

誰に嫌われてもいい。

いやなことからは逃げていい。

自分のために生きたい。

アダルトチルドレンだった私はいま、やっと自由に生きられるんです。

もう若さはあまり残っていないけど、今の私は生きるエネルギーに満ち溢れていてます。

アダルトチルドレンを完全に克服できたわけじゃありません。

“ヒーロー”の努力家な面、“ケアテイカー”の世話好きな面はうまい具合に私の性格になっています。

アダルトチルドレンも自分を形成する素材のひとつなんだと受け止められるようになれば、あなたも一歩前に進むことができるはずです。

 

 

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