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「明日死なない」なんて誰がわかる?やりたいことは今やらねば

アダルトチルドレンとして生きてきた私は、自分の存在意義、生きている理由を何年も何年も、それこそ毎日のように問い続けながら生きてきました。

なぜ私は存在するのか。

そこにどんな意味があるのか。

生きていること=死へのカウントダウン。

生きてるって何だろう。

自分にいったいどんな価値があるんだろう。

 

たぶん、若くて健康に生きている人はそんなこと考えないと思います。

明日は今日の続き、年を取ることなんてほとんど気にならない。

20代が終わって30代になるときに、「あ、ちょっとヤバい」と思うけど、そんな人だって自分が死に近づいているとは考えないでしょう。

 

20代で生きることと死ぬことについて考え始めた私

最初に申し上げておくと、アダルトチルドレンとして苦しみながらも、自殺願望はありませんでした。

生きるのに疲れた、生きる意味を探すことにほとほと疲れ切っていたのは事実ですが、だからと言って死にたいと思ったことはありませんでした。

いっそ事故でぽっくり死んだらラクかもと思ったことはありましたけど。

 

私の好きな音楽アーティストのBUMP OF CHICKENの楽曲に『銀河鉄道』という奥深いテーマのものがあります。(当方、バンプの古い曲が好き)

電車(おそらく新幹線)と人生を重ね合わせた歌詞の中に、このような一説があります。

人は年を取る度 終わりに近づいていく 動いていないように見えても 確かに進んでいる

初めてこの曲を聞いた時、私の感覚を適切に表現しているなと強く感銘を受けたのを覚えています。

自分が今ここに生きている理由は、ただ終わりに向かって進んでいるだけじゃないはず。

 

そして生きる意味を求めさまよいながらも一冊の本に出会いました。

それが『よく生き よく笑い よき死と出会う』(新潮社)という“死生学”をジャンルとした書籍です。

死生学が対象とするのは、人間の消滅、死である。死生学は(中略)「死への準備教育」を目的とする極めて学際的な学問である。死生学は尊厳死問題や医療告知、緩和医療などを背景に、1970年代に確立された新しい学問分野である。

ウィキペディア

著者はアルフォンス・デーケン氏。ドイツ出身の上智大学の名誉教授であり、司祭であり哲学者でもある、なんだかすごいひと。専門は死生学です。

この本は内容的にはある程度歳のいった人(中年以降)で、身近な人を亡くしたり自らの終活を考え始めた人に向けられているようですが、当時20代半ばの私には違和感なく読むことができました。

デーケンさんの語り口はユーモアにあふれていて、読んでいて辛気臭くなることはまったくないです。

また、ご自身は司祭ですが宗教じみたことの押し付けなどもまったくありません。

読みながら妙に得心した私は、そのいっぽうで「私はやっぱりちょっと変わり者なんだな」と実感しました。

だってまだ20代で余命宣告も受けたわけじゃないのに、中年以降の人が自らの死と向き合う準備のための本に活力を得られたからです。

この『よく生き よく笑い よき死と出会う』は、決して年長者向けだけの内容ではありません。

若くても生きることと死ぬことを真剣に考えている人にもぜひおすすめです。

 

人は必ず死ぬ 限りある時間のなかでやりたいことをやらなければ

デーケンさんの本から教わったことはシンプルです。

 

「生きているうちにやれることやっとこ」

 

幸い私はまだ宣告を受けていないので、自分の余命を知らないでいることができています。

ただし明日にどんな事故に巻き込まれて死んでしまうかわからない。

「いつ死んでもいいように、悔いのない一日を生きる」と言いたいところですが、どこかに「明日はまだ死なないだろう」という希望があるので、部屋のなかは汚いまま。身辺整理なんかやっていません。

なんとなく1年後は生きていられそうな気がしますが、2年後はどうなるかわからない。

根拠はありませんし、別に死にたくありません。

 

私にできることはなるべく死なないように気をつけて生きること。

あとはいつ死ぬかわからないので、生きているうちにやりたいことをやれるだけやっときたい。

これって私が独身子なしだからいえるんでしょうか?

子持ちの既婚者はやりたいことができないんでしょうか?

 

 

無責任なことは言えませんが、
有限の人生をどう使うかはあなたが決めることです

 

会社に仕え、家族に仕え、自分らしさを殺しながら終わりに向かって進んでいくだけの人生なんていやです。

自分らしく生きること、どんな結果になってもやりたいことをやって生きること、それが私の「死への準備」です。

 

 

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