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祖父母の死から見る、人生の終わり方から学んだこと

若いうちは死ぬことなんて悩みのひとつにも入らないと思う。

若い頃の悩みは自分の進路や友人関係、恋人関係が主だと思います。これは健全で、ふつうのこと。そりゃ、若い頃から死ぬことについて真面目に考えるなんてちょっと「ネクラなやつ」と思われるかもしれない。

 

で、そろそろ人生の折り返しに近づいてくると、真剣に自分の死期を考えるようになります。

まず、自分が老いていくのがわかってしまう。

シミや小じわが増えます。それからここ1年でおどろくほど白髪が増えました。

私は本来ガリガリ痩せ体型なんですが、そんな私でもおしりに肉割れ線(妊娠線みたいな、皮膚が引きのばされた痕)ができていました。

ショック…

 

私は確実に死ぬ。

病気で?事故で?苦しむのか?眠るようにか?

考えても答えは出ない。

でも身近な人の死を思い出すと、「確実に老い始めていても、いま私は生きているんだ!」というエネルギーになります。

 

祖父母の亡くなり方は多種多様

母方の祖父 64歳で他界 死因:食道がん

大好きだったおじいちゃんは、私が16歳の時に亡くなりました。

病気になってから湯治に行ったり入院したりといろいろな手を尽くしましたが、だめでした。

生前、最後に会ったときはまるで別人のように、歩くがい骨のように痩せてしまったおじいちゃん。

奥の部屋から力のない笑顔で迎えてくれたおじいちゃんを見たときの、あまりの顔貌の変わりようにショックを隠しきれなかった。

今でも忘れられません。

家に飾ってある古い写真にいるおじいちゃんは、私の記憶のころのまま。

この瞬間は永遠です。またいつか自慢のリンゴ畑でリンゴ狩りをしよう。

 

父方の祖母 84歳で他界 死因:腎不全

父からの祖母は両親の離婚後から定期的に、私たち孫に手紙を送ってくれていた。

京都が大好きで、京風の手紙をたくさんくれた。離婚のせいで何年も疎遠になっていたけど、晩年に一緒に住んだことがあり、アルツハイマーに気づいた私が物忘れ外来に連れて行ったのもこのとき。

生前、私の魂が疲弊するほど尽くしたので、なんの無念も後悔もない。

腎臓を悪くし、週3回の透析をし、アルツハイマーを発症してからは昔のことしか話さなくなってしまったおばあちゃん。

三味線がすごく得意だったので、もっと教わっておけばよかったなという気持ちは今でもあります。

最期は病院のベッドで身をよじったりするだけで、反応もしなくなり、安らかに逝ってしまいました。

いい思い出をたくさんありがとう。またいつか一緒に京都へ行こう。

 

父方の祖父 85歳で他界 死因:打撲による脳内出血

連れ添いであるおばあちゃんの死から1年後、あっけなくおじちゃんも亡くなりました。

典型的な昔気質の人でがんこもの。この人のせいで(それだけじゃないけど)、両親は離婚しました。

十数年も前から糖尿を患い、晩年は心筋梗塞で緊急入院したり急性腎不全になって透析をしたりと、病気との闘いでした。

自営業の社長でちょっとしたお金持ちだったおじいちゃん。

両親の離婚から疎遠になっていたものの、晩年に一緒に住む機会があり、おばあちゃん同様、孝行することができたひとり。

孫である私を溺愛していて、しょっちゅう高級レストランに連れて行っては何万円もの支払いをキャッシュで。

根っからの貧乏性の私は毎回ひやひやしながら麻布の料亭や銀座のバーに行っていたっけ。

楽しくはありませんでした。ただ孝行するために我慢してた。

あるとき自宅で立ち上がったときにふらつき、壁に頭を打ちつけて、自分で救急車を呼んだもののそのまま入院。

入院後数日は意識があったらしいけど、その後は1カ月間ずっと苦しそうな顔をしたまま意識が戻ることなく、他界。ようやくラクになれたね、と思ったのは悪いことじゃないでしょう。

生前にもっと戦争の話を聞いておけばよかったよ。

 

母方の祖母 85歳で他界 死因:低体温症

いちばん最近、数年前に亡くなった長野のおばあちゃん。

前日までぴんぴんして、近所のお友達と縁側でお茶してたのに。

次の日の朝に裏庭で半裸で冷たくなっていた。その日の朝は、4月というのに東京でも霜がおりるくらい冷え込んだ朝だった。

親戚づてに聞いたところによると、深夜のうちにトイレかなにかで起き上がったときに脳内の血管が切れたせいで、認知機能がおかしくなり、ガラスを突き破って裏庭で倒れてしまった。

このときはまだ生きていたけど、極度の冷え込みで低体温になり亡くなってしまったらしい。

一カ月前には電話して、白内障の手術も受けてよく見えるようになったって喜んでいたのに。

長野の家に行くと、いまでもおばあちゃんが庭から歩いてくる気がします。

 

だれも死に方を選べない だから今を生きるしかない

幸い私はまだ健康でいられています。

そして自分が健康でいられることのありがたさをわかっているつもりです。

健康でいるって当たり前すぎて、わかっていない(考えたことない)人の方が多いんじゃないかな。

『明日は我が身』と思いながらも過剰に神経質になることなく、今日も生き延びられたことに感謝。

 

祖父母の死は私に、あるときは衝撃を、あるときは悲しみを、あるときは安堵をもたらしました。

4人の死は私に「生命力」を与えてくれています。これは私が天国の4人に誇れること。

生きることの価値を教えてくれてありがとう。

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