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日本語教育能力検定試験に不合格の理由『明確なビジョンを!』

日本語教育能力検定試験が不合格だったので、その理由を分析します。

これから日本語教育能力検定試験の合格を目指そうという方には参考になると思うので、最後まで読んでみてください。

 

私の失敗を活かせば合格がかなり近づくと思います。

重要なポイントはあなた自身が「日本語教師になったら」のビジョンがあるかどうか?
ちなみに、私は日本語関係の仕事や勉強をしたことはなく、アルクの通信講座【2020/3/23まで3%OFF】「日本語教育能力検定試験 合格パック2020」 を半年ほど続けていたのみ。

 

「ビジョンがあるか」が合格と不合格の分かれ道

 

ビジョン、それは「いかに具体的な将来の自分をイメージできているか」です。

ポイントは具体的な、というところ。

 

たとえば、

「私は主に東南アジアで日本に留学したい学生向けの日本語教師になりたい」

「私は親の都合で日本の学校に転校してきた子ども向けに、アニメや遊びを通して日本語を教えたい」

「日本の企業に勤める社会人に、日本の礼節マナーからきちんと教えたい」

などといったことです。

 

目標が具体的であればあるほど、日本語教師になりたいという意欲を維持できるので、受験勉強のモチベーションを維持し続けることができます。

 

私には明確なビジョンがありませんでした。

詳しくは以下に述べますが、留学を考えていた私にとって日本語教師の仕事は、「現地での職探しにちょっと有利になるかな」というくらいの動機だったのです。

それになりに現地で日本語に興味がある人に趣味の延長で教えられたらいいな、程度の考えでした。

どんな人を対象に、どんなふうに教えたい、どんなふうに育てたいといった意識はゼロ。

なので、独りで勉強していても書かれてある内容がどこか自分のことではないような、自分とは関係ないようなふわふわした気持ちでいました。

これでは頭に入ってくるはずもないですよね。

 

私が日本語教師のビジョンを失った理由

 

私には最初から日本語教師になりたいという具体的な動機がなかったわけじゃありません。

以前テレビで、ロシアの地方都市で日本語教師として働く女性が特集されていました。

ぜんぜん日本と関係なさそうな場所でも、日本語という言語は少なからず需要があるんだと知ったのです。

日本語需要の多いアジアだけでなく、ヨーロッパに移住したとしても日本語教師になれば飯のタネにはなるかもしれないと思ったんですね。

 

アルクの日本語教育能力検定試験合格パックに申し込んだのが4月、試験は10月末。勉強期間は半年。

半年あれば行けるだろうなという根拠もありました。

私はスイッチの切り替えが得意で、勉強モードに入れば他のどんな欲求もあとまわしにできるスキルがあったからです。

⇒関連記事:日本語教育能力検定試験に初挑戦 アルクの通信講座に自己投資

 

とはいえ、まったく未知のジャンル、合格率も低く(約25%ほど)、「難しい」ことでネット界隈でも有名な日本語教育能力検定試験。

さあやってやるぞと気合十分に、アルクから届いた教材の一冊目を読み進めていくと…

 

…あ、これ、ヤバい(-_-;)

 

すぐにテキストを閉じました。

冷や汗だらだら。開けちゃったからクーリングオフももうきかない。

読み進めて数ページです、試験問題が難しいとか内容が理解できないとかじゃない。

根本的な事象に引っかかりました。

 

日本語教師は日本社会のマナーも教えるということ

日本社会のマナー、それは高コンテクスト文化と呼ばれる、「実際に発せられた言葉よりも、その言葉の裏に含まれた別の意味を重視する文化」のこと。

よくある例なんですが、たとえば部屋の窓が開けっぱなしで、あなたが「寒い」と言った場合、窓の近くにいる日本人は『ってことは窓を閉めてほしいんだな』と言われなくても推察できます。

しかし窓のそばにいるのが外国人の場合、あなたが「寒い」と言っても、「そうか、寒いのか」で終わってしまいます。

なぜなら、「(寒いから)窓を閉めてくれない?」と言葉を最後まではっきり言わないと伝わらないから。

 

この日本人特有の「察しの文化」は、「日本語そのものの学習より難しい」と多くの外国人留学生が嘆いているんです。

 

私はこの「察しの文化」がずっと苦手でした。

いえ、私自身、一般的な日本人と同じように相手の考えていること、本当に言いたいことを察することはできるし、時として私も明言を避けるような言い方でコミュニケーションをとることもある。

ただ、それが苦痛でした。

ある雪の日、遊ぶ約束をしていた友人の一人がLINEで、

『ごめん、遅れます。こっちはヤバいくらい雪がすごい。帰れるか心配』

とメッセージを送ってきました。

「それは心配だから、今日は遊ぶのやめよう、家にいなよ」

と言ってほしかったんだろうと思います。

また、別の友人は久しぶりに会う食事の約束で、

『今日行けるけど、昨日まで熱が38℃あった』

と、心配されたいのかキャンセルしたいのか、両方なのかのメッセージを送ってきました。

 

いずれも、なんなん?(@_@)という内容。

察してほしい、真意を濁して言いたい、そんなあいまいなコミュニケーションが日本では当たり前になっています。

 

雪で帰れるか心配だから今日は行かない』

『昨日まで熱があったから今日は行かない』

 

なぜそう言えないのか?

あいまいにぼかした言い方で、結論を相手に任せ、責任から逃れようとするコミュニケーションが私は苦痛でたまりません。

 

察しの文化は明言を避けることで相手を傷つけないようにしている一方、自分も相手から嫌われないようにするやり方でもあり、良く言えばwin-winの関係を築けるのかもしれません。

日本らしい、平和的なやり方です。

それがダメとは言いません。

ただ、私には合わないのです。

 

日本語教師になり、外国人日本語を教えるということは、この日本的な本音と建前の察しの文化も教えるということでした。

 

 
日本語教師は日本語や日本の文化を教えることはわかっていましたが、この高コンテクスト文化まで教えなければいけないのはまったくの盲点でした。
 
私自身が苦痛に感じていることを、相手のためと言って教えることが極めて困難だと、勉強を始めた直後からモチベーションが一気に下がりました。

 

日本語教師の待遇があまりに不憫

日本語教師は養成講座を規定時間数受講するか、大学で日本語のコースをとるか、この日本語教育能力検定試験に合格するかでなることができます。

養成講座は40万円ほどで修了するので、日本語教育能力検定試験がやたら難しいだけで、誰でもなろうと思えばなれます。

お金さえかければね。

他方、ボランティアでさえも日本語教師と名乗れてしまいます。

ここに違和感がありました。(ボランティアが悪いわけじゃありません)

 

日本語教師になる方法がありすぎる。

大学生は望めばなれるし、養成講座でだってお金さえ払えばなれる、ボランティアだって日本語教師を名乗れる。

なぜ日本語教育能力検定試験があるのか?

教師としての仕事と関係なさそうな問題まで幅広く答えさせて、協会は何を求めているのか?

だってこの試験受けなくたって日本語教師になれるんじゃん。

 

そして日本語教師の待遇の低さに愕然。

この平均年収.jpというサイトによると、日本語教師の平均年収は380万円、月収で言えば20万円以下

日本のサラリーマンの平均年収が420万円なので、大きく下回っていることがわかります。

くわえて、授業の準備や残業などでタイムカード上以外の労働時間、拘束時間が長く、これでは割に合いません

現に、試験会場を後にした私たち受験生に、現役の日本語教師の方が労働環境の改善を求めるビラを配っていました。

 

「日本語教師になるには日本語教育能力検定試験に合格しなければダメ」

という明確な規定があればまだしも、もっと簡単になれる方法があって、検定試験をこれほど難しく設定しているわりに、待遇が悪いともなれば、試験に合格するために努力する理由がぼやけてしまいます。

だからこそ、どんなことにも揺るがないほどの、具体的な強いビジョンが必要なんです。

 

日本語を教えたいという明確なビジョンがないと勉強が続かない

 

将来のビジョンがあいまいでぼやけていると、勉強のモチベーションが続きません。

私は5カ月間、毎日欠かさず勉強をしていましたが、あと1カ月というところで自分の意欲に限界を感じてしまい、いっさいの勉強を辞めてしまいました。

難しくても、大変でも、「こんな日本語教師になりたい」という強い意志があれば、学習は続けられたはずです。

学習が続けば、絶対に合格できたろうなと今でも思っています。

 

こちらの記事にも書いたんですが、日本語教育能力検定試験は確かに範囲も広いし覚えることも多いです。

しかし、アルクのテキストとヒューマンアカデミーの赤本、そして過去問を3年分ほど繰り返し解けば、ちゃんと合格できるようにはなっています。

私は心が折れて苦痛でしかなくなってしまったため勉強を中断してしまいましたが、それでも臨んだ検定試験では合格点まであと15点ほど足らずの不合格でした。

200点満点の15点なので、けっこういい線行ってたはず。

ま、何点だろうと不合格は不合格なんですが。

 

合格率の低さはまったく気にしなくていい

 

合格率25%って、どんだけ低いんだよ!というパーセンテージですが、これに関してはまったく気にする必要ありません。

そもそもの分母があてにならないからです。

 

だって、たとえば薬剤師の合格率はおおむね90%ほどですが、じゃあ薬剤師国家試験の方が日本語教育能力検定試験より簡単かというと決してそんなことはありませんよね。

司法試験の合格率でさえ34%だそう。

日本語教育能力検定試験の合格率がやたら低いのは、受験者の分母に平等性がないから。

この一言に尽きます。

 

薬剤師はみんな薬学部という定められたコースで勉強しており、受験者の分母に平等性がある一方で、日本語教育能力検定試験の受験者は

  • 日本語教育能力検定試験の学習歴ゼロ
  • ボランティアでやってるくらい
  • アルクやヒューマンアカデミーの通信講座を受けた人
  • 420時間の養成講座を修了した人
  • 大学で日本語専攻した人

など、受験者の能力値にあまりにばらつきがあります。

 

また、私が受験した教室では、受験者の4分の1が欠席でした。

 

つまり、受験資格が不要なため、どんな人でも受験できるので必然的に合格率がだだ下がる、のが現状。

必ずしも試験が難しいから合格率が低い、というわけじゃありません。

 

じゃあ本来の合格率はいくらなのか?との疑問がわいてきますが、受験者を定義づけないかぎり本当の合格率はわかりません。

受験資格を420時間養成講座を修了した者のみ、とかに定めれば合格率は飛躍的に上がるはずです。

なので、今から受験を考えている方は、不必要に合格率の低さにこわがらなくてもだいじょうぶ。

 

まとめ

いかがでしたか。

最初から最後まで一貫して私が言いたいのは、合格に必要なのは揺るがない具体的なビジョンであるということ。

どんな日本語教師になりたいか、どんな教材を使って、どんな人を相手に日本語を教えたいと思っているか。

このビジョンが明確であるほど、勉学の意欲は続き、結果的に合格することができるはずです。

 

ただ単に「合格すること」を目的にしているようでは、その意志は別の目標ができてしまったとき、いとも簡単に崩れます。

 

日本語教師を必要としている人たちは確実に一定数います。

外国人労働者が増える日本社会において、需要が尽きることはない職業と言えますし、海外においても有利に働く資格なのは間違いありません。

 

なぜなりたいのか?

どんな人になりたいのか?

どんな人を教えたいのか?

 

目標が具体的であるほど、勉強は自然と進みます。

絶対に日本語教育能力検定試験に合格したいのであれば、私の失敗経験を活かしてみてください。

必ず役に立つはずです。

 

よろしければこちらも参考にどうぞ。

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